『奇跡体験アンビリーバブル』で前世療法が特集され話題になっていますね。
アンビリーバブルな体験を紹介する番組に、
前世療法での体験はうってつけの内容だったでしょう。
アンビリーバブルで取り上げられたある事例を紹介します。
以下、『奇跡体験 アンビリバボー 2時間スペシャル番組 前世療法特集で稲垣勝巳先生の「史実と符合する前世」の事例を放映』を飲用させていただきます。
かなり長い引用になりますが、
前世療法に興味を持っている人に
ぜひ知って欲しいエピソードなので、そのままご紹介することにしました。
前世療法について疑っている人にもぜひ読んで欲しいです。
では、行きます。
(引用ここから)
中部地方で現役の中学校教頭を務める稲垣勝巳先生は、教育催眠を中心に催眠療法に取り組んできた。教育催眠は、乗物酔・集中力不足等の改善のために、催眠状態でトラブル克服の訓練を行うことを主眼とする。一方で、大人に対しては退行催眠を用いる。過去の記憶にさかのぼってストレスの原因に迫るのだが、時に本人の知り得ない記憶が出てくることがある。
しかし稲垣勝巳先生は、これが前世の記憶であるということには疑問を持っていた。あるイメージが前世という形をまとって現れたもので、作り話だと考えていたのだ。
だがそんな先生に衝撃を与えるケースが発生。生徒の母親が退行催眠の話を聞いて、好奇心から校長を通して依頼をしてきたのだ。
生徒の母親・理沙さん(主婦・仮名)が退行催眠を受けたのは2005年6月4日。現場には稲垣勝巳先生の同僚や知り合いの医師が立ち会った。軽い気持ちで立ち会った彼らは、現場の異様さに釘付けになった。催眠中はビデオ撮影が行われたが、理沙さんの普段の表情とは全く違うものだった。
理沙さんはすぐに深い催眠に入ると、現在とは別の人生について話し始めた。桑畑で桑の葉を摘んでいるという。名前はタエ、13歳、安永9年、シブカワ村、上州、上野(こうずけ)国(現在の群馬県)に住む孤児だという。
さらに3年後の話を聞くと、年号は天明3年、あさまのお山が大分前から熱くなって、火が出るようになり、白い灰が毎日積もるという。
彼女はさらに天明3年7月、七夕様の時、龍神様と雷神様がアガツマ川を下り水が止まって危ないので、私がお供えになります、と話す。稲垣勝巳先生が「命を失いますよ」と問いかけると、「みんなのためになって嬉しい」と答える。噴火と止まった川の水。龍神と雷神の怒りを鎮めるため、タエは橋に縛られ、いわゆる人柱になったという。
タエが住むシブカワ村カミノゴウでは、彼女以外に犠牲になった人はいないようだ。徐々にタエは苦しがり、津波のように一気に増水した川に飲み込まれた。催眠から覚めた理沙さんは、恐怖と戸惑いを感じながら、タエとしての前世は人のためになろうとしていたので満足だと語った。
一方で稲垣勝巳先生は証言の具体性に驚いた。余りにリアルなので本当かもしれないと思い、検証することにした。年号の安永と天明が変わる部分は矛盾していなかった。また天明3年には浅間山が噴火している。
だが江戸時代の農村の娘が幕府の定めた元号を知っているだろうか?江戸東京博物館の小澤弘さんは、基本的に江戸時代の人々はほとんどが元号を知っていたと話す。寺子屋の僧侶や名主などの知識人が教えていたというのだ。
では、シブカワ村カミノゴウは存在しアガツマ川が流れているのか?先生が調べると、渋川市が存在し、かつて渋川村と呼ばれていたことがわかった。
我々は現地に向かった。群馬県のほぼ中央に位置する渋川市。ここには上郷という地名があり、江戸時代は渋川村上郷と呼ばれていたことがわかった。また近くには吾妻(あがつま)川も流れている。
先生が調べて事実が一致すればするほど、理沙さんに作り話ではないか何度も確認したという。だが理沙さんもご主人も中部の出身で、親戚も渋川の方とは全く無関係で、関東に旅行したこともなくインターネットも扱えない。
だが腑に落ちない点があった。浅間山の噴火がタエが人柱になったことと関係するようだが、渋川と浅間山は50kmほど離れている。影響はあったのだろうか?
事実を確かめるために渋川市教育委員会文化財保護課の小林良光さんに話を聞いた。稲垣勝巳先生の調査に協力した人物だ。話を聞いて最初は戸惑ったが、間もなく送られてきた理沙さんの前世療法の映像を見て衝撃を受けたという。
彼は渋川と浅間山の噴火の関係を示すため、我々をある場所に案内してくれた。そこは吾妻川の川沿いの高台で、そこには高さ3m、周囲30m程の巨岩があった。これは浅間石というもので、天明三年の浅間山の噴火の際に上流から流されてきたのだという。
噴火の際、火砕流が発生し吾妻川の上流に流れ込んだ。溶岩によってダムのように塞き止められた川が一気に決壊し、すさまじい量の土石流が吾妻川沿いの村に襲いかかった。浅間石はその時に流されてきた溶岩の塊だったのだ。
吾妻川沿いに発生した土石流により、土砂は2〜5mも堆積した。死者1151名、流出家屋1061棟。これは浅間焼泥押と呼ばれる大災害だったが、これを引き起こしたのは天明三年7月、七夕から翌日にかけての大噴火と火砕流だった。タエの言葉通りだ。
昔から川そのものを龍に見立てることがあるので、吾妻川を龍神としているのではないかと小林さんは話す。また雷神とは、噴火の火山灰の摩擦で電気が起こり、雷が実際に起こることから来ていると稲垣勝巳先生は予測する。
市の図書館を訪ね当時の記録を調べると、天明三年7月の浅間焼泥押によって渋川村では人一人が流されていると書かれていた。犠牲者は一人だけだった。身元を確認することはできないが、タエは犠牲者が一人だけだったと話していることから、これがタエであることは十分に考えられる。
今はすたれた古い街道の先、江戸時代に唯一の橋が存在した場所を訪ねてみた。現在そこに川を渡る橋はなかった。
さらに理沙さんには渋川で撮影してきた映像を見てもらった。何も説明を加えなかったのだが、様々な場所を訪れていたにも関わらず、この橋があった場所の映像を見ていた理沙さんは、催眠にでもかかったように意識が遠のき始めたのだ。
理沙さんは、この場所に何かいわくがあるのか知りたがった。江戸時代に唯一の橋があった場所だと説明すると、彼女は大きくうなづいた。タエの記憶は、紛れもなく理沙さんの中に生きていた。
(引用終わり)
壮絶な前世療法での体験を垣間見た感じがします。
人は様々な体験をしてきていると考えられますね。
人のために命を捧げたり、殺人を犯したり。
輪廻転生しながら様々なことを学び、成長していっているのでしょう。
この話を聞いて、なお前世の存在を否定する人がいても、
私はそれを非難する気にはなれませんし、
その存在が科学的に完全に証明できたとは言えない以上、
信じる信じないの話にならざるを得ないので、
前世療法の是非は、結局のところ各人の自由な判断、
ということになると思います。
元々生き辛さを抱えていて、
霊的なことやスピリチュアルなこと興味のある私には、
上記のエピソードはすっと心に入ってくるのですが、
あなたはどうでしたか?